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不思議な体験 [身辺雑記]

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先週の金曜日、友人と一緒に、以前から気になっていた草場一壽さんhttp://kusaba-kazuhisa.com/の展覧会に行ってきました。

草場さんの絵は、原画は陶彩画といって、色付けしては焼き、を何度も繰り返す独特の手法で、テーマは仏画、龍、など。
そしてとてもパワーを受ける画、と言われています。

実際、何とも言えない不思議な雰囲気をもった、素敵な画でした。

不思議な体験はそのあと。


展覧会場は銀座の一角にあるビルの一階、そして、入り口を異にして2階では関係グッズの販売が行われていました。

その販売会場の一階入り口を入り、エレベーターで2階へ・・・小さなエレベーターの扉が開いてフロアに足を下ろし、歩こうとした時、なにか柔らかいものに乗ったような、床がふわりと動いたような、不思議な感覚がしました。

えっ?地震?めまい?・・・思わず連れの友人に今、揺れた?と聞いてしまいました。

めまいは経験がありますが、なんか違う。
歩けばきしむような古い建物ではない、しっかりしたビルだし、わずか2階だし、外を走る車の影響で揺れるようなことはありません。

1階から2階に上がっただけですから、身体に揺れが残るほどではないでしょう。

あの、フワリ、とした感覚・・・考え過ぎ、言い過ぎを覚悟で言えば、何か動いているものに乗ったような・・・。


ちなみに私はオカルト系の人間ではないし、そういう感覚は自慢じゃないですが鈍い方です。

その後、何事もなくしばらく滞在し、写真の龍の陶彩画フォトグラフを買い、お茶をして、ラッシュを避けて帰路につきました。

地元駅に着いたとき、偶然友人に会いました。

久しぶりではない、数日前にもあっている友人・・・私を見るなり、どうした??なんかすごく綺麗!何がどうしたの?まるで別人!!

今までの私がどれだけひどかったんだ?と思うほどの褒めよう!

う~ん、草場さんの画のパワーをいただいたのか、購入した小さな画のおかげか、それとももしかしたらあの時龍の背に乗ったのか・・・そんなことまで思ったのでありました。



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頭が暇だと悩む? [総合]



「ルーティン」という言葉が流行っているようです。

某スポーツ選手が集中のためにとるポーズからきているようで、ご本人がそれをルーティンとおっしゃったのかはわかりませんが。

言葉にこだわる私としては、「ルーティン」という言葉からくる印象がちょっと違います。

ルーティンで思い浮かべるのは、毎日、あるいは何かの仕事で、決まってやらなければならないことや手順、いわゆるルーティン・ワークと言われるようなこと。

むしろ義務的にやらなければならないこと・・・で、さほどいいイメージがありません。

炊事・洗濯・掃除などの家事もある意味ルーティン。

また、車を運転する時に乗ったら、ロックする、シートベルトしめる、その前に実際どれほどの人がやっているかわかりませんが、始業点検と言われるもの・・・機械を扱う仕事の人であれば、始業点検は欠かせないルーティンかもしれません。

あとは、あまり考えなくても流れが頭に入っていて、機械的、流れ作業的にやる習慣のようなこと。



さてそんなルーティンである、食後の皿洗いをしていると・・・昨夜から溜めていたのでたくさんあった・・・いろいろな想いが浮かんできます。


今日やるべきこと、今週末に向けてやらなければいけないこと、手順を考え、頭の中で確認し、一通り流れを考え終ると・・・ぽっかり空白の部分ができます。



洗うべきものはまだある・・・ふと浮かんでくるのは、あの時ああしていたら、あの選択をしていたら今はどうだったんだろう、ああすればよかった、などなど、今更考えても仕方のない「もし、たら、れば」。

洗濯然り・・・洗濯機が止まって、干しながら・・・。

怖いですね、心のすきま。

あぁ、こういう風に、手を動かしていることに頭を使わないですむと、ほかのことを考え出す・・・そういう時に浮かんでくるのって、なぜかつまらん題材が多い。

子どもが独立した後の専業主婦が陥りやすい、空の巣症候群も、こういうところから始まるのかも。

暇な時間が多いと悩みが増える・・・昔の人は悩んでいる暇などなかった・・・確かに。



「頭の中のおしゃべり」という言葉、それと、「考えることをやめる」ということを、最近聞きました。

私が今やっていることとつながっているんですが。

このことと合わせて思ったのが坐禅。

頭に浮かぶ考えを追わない。

「もし、たら、れば」が浮かんだら、追わず、一瞬でも考えることをやめ・・・お試しください。






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書店にて・・・ [身辺雑記]

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本が好きである。

書店があると、つい入りたくなる。

大きすぎる店だと、探している本がある場合はいいけれど、あてもなく入った時はどこを見たらいいか迷って困る場合もある。

小さすぎて新しい文庫と漫画しかないような店も困る。

書店、というより、本屋、といった感じのところが好き。

そして、パッと目に付いた本、思わず手を出してしまった本・・・次にまた出合えるかわからないから、つい買ってしまう。

図書館で借りるより、手元に置いておきたいから、つい買ってしまう。


そして・・・本屋は人間ウォッチングも楽しい。

今日も、ある本棚の前に立っていたら、後ろをカタッ ペタッ、カタッ ペタッ、っと大きな足音を立てて通り過ぎていった人がいた。

思わず見たら、若・・・くはないかな・・・女性がレジに向かっていた。

私の隣の本棚を見ていた若い男性も目で追っている・・・私よりしっかり見ていた。

どういう思いで見ていたかは、わからないけど・・・ちょっと聞いてみたかった。

さてその男性が手にしていたのは『嫌われる勇気』・・・アドラー系の本らしい。
それを平積みに戻すと、次に手に取ったのは『すぐ成長する仕事術』(なようなタイトル)。

平日の昼下がりだし、学生風にも見えるし、と思ったけど、社会人なのかな。

仕事の人間関係かなんかで、思い悩むことでもあるんだろうか。

なんてことを考えながら文庫の棚に行ったら、トマス・ハリスの『レッド・ドラゴン』(有名なレクター博士の・・・)が新訳で出ていた。

これなら一期一会あわてて買わなくても大丈夫だろうな。



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なんだかハロウィン [身辺雑記]



このところTVを見ると、ハロウィンネタ。

特に朝や昼、時計代わりに情報番組をつけてると、どこそこでハロウィンパレードとか、今年の仮装はこれ!とか、ハロウィン、ハロウィンとうるさい。

いつから日本でこんなにハロウィンを騒ぐようになったんだ!?

もともとは古代ケルトの民俗行事から始まったという・・・それがカトリックの諸聖人の日(11月1日)、死者の日(11月2日)と結びついたりしたそうな。
とはいえ、カトリックの教会にはハロウィンは関係ない。

まぁ、クリスマスを起源に関係なく年中行事に取り入れてしまう日本人だから、ハロウィンも同じく宗教性も民族性も何もない、お祭り騒ぎにしてしまうのはわかる。


しかし、年々派手に、盛んになっていく・・・。


本来は、子どもたちが仮装して“Trick or Treat?” 「お菓子をくれないといたずらするよ。」と言って近所を回る、アメリカ発祥のものではないか?

それが日本ではいい大人・・・若い人が中心みたいだから、大人でもないのか(最近は成人年齢が上がっているというのも聞くから)。

うちの子どもたちが幼稚園に行っていた20数年前には、ハロウィンなんて幼稚園行事にもなかった。

末娘が小学校に入った21年くらい前、同級生の家にハロウィンパーティーのお呼ばれをしたけれど、特に仮装ということもなく、お迎えに行ったら何人かのママさんたちがワインでできあがっていた。
(ちなみにそのパーティーに娘がなぜ呼ばれたか、いまだに親子してわからない。)

それから数年、隣町の映画館街でハロウィンパレードをやるようになり、やがて渋谷やあちこちに広まっていった。

今朝のテレビでは、隣町のパレードの仮装はクォリティが高い、と言ってたから、やはり発祥の地の貫禄だろう。



外国の文化を取り入れて、独自にアレンジしてしまうのは日本人の得意技。

そして宗教心はあっても宗教にとらわれることなく自由に受け容れてしまうのも日本人。

こんなところがハロウィンを大人も楽しむお祭り行事にしてしまうのだろうけど・・・。


なんだかすっきりしない、釈然としない、なんだかムカつく・・・のは歳を重ねたせいかな。



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言葉にとらわれ、地雷を踏む [コミュニケーション]

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私は言葉にこだわることがある、と以前書きました(http://michaela.blog.so-net.ne.jp/2015-04-07)。

こだわる、というか、とらわれる、というか。

会話の中で、その時は流れにまかせてスルーしたようであっても、自分の中の何かにひっかかり、後から、喉に刺さった魚の小骨というか、足の裏に刺さった小さな棘というか、歯の隙間に挟まって取れない何かというか、どうにも気になってくるのです。

なぜ気になるか・・・そこには、こうあるべきとか、こうであってほしかった、という自分の考え方や相手への想いなど、様々な要因があります。

もしかしたらその場で、ちょっと待って、今の言葉・・・と気持ちを伝えていたら、状況は変わっていたかもしれません。

ケンカになったかもしれないし、その場で解決して後でモヤモヤするということがなかったかもしれません。

ただ、私の性格として、その場ですぐに返せない・・・一度自分の中に落とし込んでからでないとダメ、というのがあります。

その言葉を聞いた瞬間、どこかでピッと小さな警告音が鳴るのですが、どこだかわからない、なんかスッキリしない・・・で、時間が経つにつれ、警告音が少しづつ大きくなる。

そして、これを言ったら地雷を踏んでしまう、とわかっていながら、突っかからずにいられなくなったり・・・。

その場で言えないのは、私の巡りが悪いこともありますが、こう言ったら嫌われるんじゃないかとか、相手が気を悪くするんじゃないだろうかとか、ようするに自分を良く見せたい、というのもあるんでしょうね。

言ってしまってから、あ~やっぱり言わなきゃよかった、と思うこともたびたび・・・いや、その方が多いか。

人生は修業の連続です。

失敗は成功の基・・・一生学びです。



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